トクマ亭?読書・社会科学・・・
このブログは、僕が読んだ本の感想をはじめとして、社会科学について、現代の政治や経済についての意見等を書いていくつもりです。日記に関する意見などは、どんどんコメントしてください。
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ネットでの炎上  その是非
最近、「ネットでの炎上」ということに興味を持っています。
ニコ動とかを見ていて、実際に見ている方が、炎上にあってしまうということがあり、特に意識するようになりました。ここらで、今現在の自分の意見について、まとめたいと思います。

最近では、くさなぎさんの問題もありました。

結論から言いますと、私は最近のネットでの批判・追及についてはいきすぎがあると思います。
基本的に、ネット上での人格とリアルでの人格は別物(、分ける)と考えるべきだと思います。
ここまで言うと、いいすぎかもしれませんが、リアルで交通事故を起こそうが、盗みのようなことを起こそうが、はっきり言って、その罪の追及を受ける人はネットの人格ではなく、リアルの人格であるべきだと思うのです。

このように考える理由はいくつかあります。

基本的に、倫理的に・道徳的によくないことをしてしまったとして、その人は罪に問われる以前に、社会的に信頼を失います。それは、就職活動をしていて社会的信頼がとても大切だということは、感じたつもりです。さらに、当然のこととして、社会において、「罪」に問われます。そこでの司法の決定というものは、リアルの人間が受けるべきものです。

また、最も危惧するのは、活動に委縮感が出てしまうことです。
日本にせよ、世界にせよ、現在の世界は、成長というものを、非常に(この上なく大切な)指標としています。そうした中、拡大の期待があり、可能性・潜在的重要性(経済的だけでなく、人間の精神的世界に至るまで。)の大きな分野であるだけに、それが心配です。



※委縮について、少し、細くしたいと思います。
最近では、個人に対して責任を求めるところが増えているように感じます。こうした傾向は、一般的には望ましいものと考えますが、社会には「寛容的」「鷹揚的」であってほしいと思います。
そうした精神が必要なのは、社会がより変わっていくため、より新しいものを生み出していくため、より改善していくためです。新しいものは、既存の製品と製品、既存の思想と思想の間にあるものでした。
例えば、歌舞伎。今では、立派な日本を代表する文化とされています。しかし、最初は、歌舞伎という名前が示しているように、社会的に認められていたものでは、必ずしもありませんでした。一時は、政府というか幕府も、規制しようとしたときがあったようです。その規制の結果として、女性が歌舞伎の世界から消え、若者が歌舞伎の世界から消えたと、聞いています。法(規制)と社会とは少なくともこうした関係であってほしいと思います。こうした法と、倫理とは別の問題であるかもしれませんが。法は、社会に起こっていることに必要な修正を加えるものであって、既存の、決まった法に社会が合わせる、その範囲の中で社会は動く、というものであってはならないと思うのです。
私は、くさなぎさんの問題も同じようなものと思っています。

責任を追及すること自体は、悪いことだとは思っていません。
しかし、今後、人類が持続的に生きていく、生き延びていくためには(あえて、成長とはいいません)、こうした「行き過ぎ」というものを押さえて行かなければいけないと思ってます。
「行き過ぎ」ということで、すぐに思い出すことに、戦前の日本軍部を思い起こす人もいると思います。
それと、基本的には、同じことなのですが、戦争の場合は、日本の「システム」というところに問題があったのではないかと思っています。以前から、似たような事は書いてきたと思っていますが、ここで言っている「行き過ぎ」というのは、より人間の精神に「せまって」来るのではないか。そういう風に思うのです。だから、私は、経済の指標、会社などを図る指標として、「成長」というものを述べているのが、あまりいいこととは思いません。成長というのは、はっきり言って、きりがありません。いまは、「成長」と言っていていいかもしれないですが、じゃあ100年後は?500年後は?1000年後は?今と同様に、「成長」を目指しているとおもいますか?目指せていると思いますか?そんなことはありえないと思います。
例えば、人口成長率。いや、確かに人口成長率が低下して、企業の業績が悪くなり、いま大変な思いをしているわけですけれども(笑)。人口成長率が、1or2%あるというのは、これは、大変なことですよ。毎年、人口が増えていくということになるんですから。しかし、地球は有限なんですよね。宇宙にでも、人類が出ていかない限り、成長はいつか止まるんですよ。むしろ、止まってくれないと困ります。われわれが、本当に追及しなければいけないものが何なのかをしっかり認識しなくてはいけない。そう思うのです。
※ただ、私は、「成長」が悪い、と思ってるのではありません。それを自らに課していくことで、自らのレベルアップを志すべきだと、思いますし、自らに課しているところです。
※ついでに、上野法で述べました、「罪」のことについても、倫理的・道徳的・法律的にしてはいけないことは、してはいけないのです。絶対にしてはいけないのです。そこのところは、個々人が、しっかり認識しておく必要があります。ここで、私の論を持ってきて、モラルハザードを起こされても困りますし、そうなってはいけないと思います。

さて、最初の、ネットの話に戻しますが、
以上のような考えから、また、考えと逆じゃ?と、思う方もいるかもしれませんが、私は、ネット上で活動し、そこで、リアルでの関係に発展すること自体はよいことだと思います。悪いこととは思いません。実際に、ネットで知り合って、リアルで会って、じかに話をして、自分の世界が広がったとか、そういう人はいらっしゃいますよね?もしかしたら、そこで、結婚まで行く人もいるかもしれません。それは、いいことだと思うのです。リアルとネットを分けること、それと、リアルとネットをつなげること。その両方をしていかねばならないと思うのです。
もっと、具体的にいえば、例えば、この日記を見たとして、「昨日日記書いてたね?」と、そういう話をリアルでするのは、至極当然のこと、と思うのです。普段、自分が食べているものをmixiに写真で載せる。これから、がんばります。ただ、リアルで、ネットにアクセスしていない人のことを、ネットで話題にしてしまう。このようなことは、してはいけないことではないかと。そう思うのです。

私も、今後社会人になり、またすでに成人をしているということで、自らの行動に責任をもち、また、倫理感・道徳感といったものをしっかり持っていかなければいけません。そうした時に以上の考え方は、異常ととらえられることも多いと思います。そうした点では、改善していかなければいけないものになると思います。

今の思いとして。いまの現状を少し、見るに堪えないと思い、書いてしまいました。

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ナフザンス法定大学教授(不穏分子因果論)



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