トクマ亭?読書・社会科学・・・
このブログは、僕が読んだ本の感想をはじめとして、社会科学について、現代の政治や経済についての意見等を書いていくつもりです。日記に関する意見などは、どんどんコメントしてください。
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NHKスペシャル 「ライスショック」
 今日は、07年10月14・15日の夜に放送されていた、NHKスペシャル「ライスショック」について。 
 1日目は、海外の商人(この放送では、中国系?アメリカ人)に焦点をあて、海外の企業が虎視眈々と日本の市場を狙っている事を、その商人に密着取材する形で紹介。2日目は、一転して、米価下落に歯止めがかからない事に嘆き、どうにかして対策を進めようとする日本の農家や企業について。個人的には、1日目の内容の方が、知らない事が多く、海外の状況を知る事ができたので、有益であったように思う。2日目は、1日目に比べ、よりドキュメント風で、少し困ったが(間が長過ぎたりして、イラッと・・・)、こちらも、今まで普通に有効と思っていた事が、実はあまり有効ではなかったなど、視点の違い、考え方の違いなどを考えることができた。総じて、有効であったと思う。
 僕としては、もう少し情報を詰め込んでくれてもよかったのでは(?)と思っているが、問題は限られた情報量からの洞察力・想像力であるので、自分としては、その点をよりのばしていきたいと思う。だから、おかしいとか、こうした考え方もあると思う人がいれば、どんどん書き込んでほしいと思います。

話がそれたが、元に戻して・・・

日本の食料問題について、最も象徴的なのが、「米(コメ)」であろうと思う。他の多くの食物も、日本には存在し、売られている食料自給率の問題もある。しかし、コメは日本人の主食であるという点から、他の食料とは少し違った位置づけをえられてもおかしくはない。
 近年、日本食ブームにのってかのらずか、海外でコメが生産される事が多くなっている。アキタコマチやコシヒカリなどのブランド米まで、海外で生産されている。つまり、安いコメが海外で大量に生産されているという事だ。それに対して、日本は最近まで、超高関税をかけて、さらに農家から売値よりも高い値段でコメを買い取ってきた。しかし、前者についてはアメリカなどとの貿易交渉の場において、関税の引き下げに応じ、後者については、国の財政危機のため、食管法を見直した。これによって、日本の農家は自らを守ってくれていた二つの”コート”を失い、今は”裸”ではげしい競争の世の中にさらされている。

 今までの政府の農家に対する過保護が問題であったのは言うまでもないだろう。そこには、「日本の主食であるコメを守る必要がある」とか「日本古来の田園風景やそれに伴う文化を守る必要がある」といったまっとうな理由から、「農民票を確保するため」といった無責任な理由まで、いろいろある事だろう。しかし、日本の国際的地位・立場や日本の財政状況をかんがみた時に、農業の過保護をできる状態ではなくなったという事だ。それは、結果的には、農家に自立を促すという点で、(見直して)正解だったと思う。そうしなければ、将来農家はもっと大変なことになっていたにちがいない。まぁ結局、政府は今までの農家に対する過保護をやめた。しかし、このグローバル化の進む世の中で、そのまま何もしないでいていいわけもなく、政府は「農業の大規模化」「農業の効率化」といった政策を打ち出した。(農水省のHPにも「効率化」や「低コスト化」とか「合理化」と言った言葉が並びます。)政府は、それを推進するためにおそらく補助金を組んだりしている事と思いますが、それを受け各地では「大型機械化」や「集団営農化」などを進めている所もあるのです。

 この農水省の打ち出した政策は一見当然であり、すべき対策であるように思えます。僕自身も、このNHKスペシャルをみるまではそう思っていました。しかし、問題もあるという事に気がつかなければなりません。まず、考慮しなければならない事は、農水省の打ち出した政策は「市場主義者」による政策であるという事です。一般に、「市場を万能と考え、政府は市場に介入すべきでないと考えます。その上で、現在の市場は、完全市場ではないためそれに近づけるようにしなければならない。また、市場に任せておけばすべてうまく行く」、というのが生粋の市場主義者の考え方です。つまり、貿易は自由貿易にする事で、日本はより大きな利益をあげる事ができる。だから、自由貿易化すべきであり、それによって一時的には農業関係で失業が発生するかもしれないが、それは政府がセーフティーネットをはる事で対処すればよい、という考え方になります。しかし、本当に「市場に任せておけばうまくいく」のでしょうか。さらに「政府がセーフティーネットを張るとはどういうことなのでしょうか(この時点で、政府は介入をすべきでないという考えと矛盾するように感じますが・・・)」実際には、農家の困窮は予想以上であり、口をそろえて「このままでは日本の米作農業はほろぶしかない」と言っているくらいです。そこで、私たちは、民主党の案に注目してみる必要があります。民主党は「農家に対する個別保証制度」というものを提案しています。僕は、最初にこれを聞いたときは、「財源」「官僚による裁量権の復活」などというネガティブなイメージが浮かんだのですが、今、これを短期的農業政策だと考えれば、納得がいく気がします。この案を長期的な農業政策だと言い切るなら、民主党に未来はないと思いますが、短期的な政策と言う観点からみると、確かに今必要とされている政策なのです。農業を効率的にするにあたっても、農業のやり方を変えるにしても、どちらにしても時間が必要なわけで、さらにコストもかかるわけで。その間の、つまり農家が農業を変えようとしている間の、生活補助は農業を守るためには、あってしかるべきなのだと思うようになりました。そうしなければ、農家が農家をやめてしまうかもしれない、とおもうのです。その上で、長期的政策を考えなければいけません。松岡前農水大臣(さきののうすいだいじん)が進めていた、日本米を海外の富裕層に売るという逆転の発想は、以外と功を奏するかもしれないと思っています。日本のコメの質を重視する政策は必要でしょう。量やコスト面で言えば、土地環境の違う外国にかなうはずがないのですから。


 次に考慮すべきなのは「効率化ってほんとにできるの」とか「効率化ってほんとに有効なの」と言った点です。つまり、効率化と言っただけで、思考停止になってはいけないという事です。問題点は、放送の中で数点あげられていました。農場を大規模化するという政策については、取り残される土地が40%も存在するという事実です。たしかに、日本の農地は、平地にあるというよりも、山間部にある事が多い。故に、効率化することが非常に困難な地域もあるという事です。また、土地の権利の問題です。集団営農とするにしても、その土地の権利をどうするのか。さらに、集団営農にするのにかかる費用(水路などの整備費)をどうするのか。究極的には、土地条件の違いすぎる日本とアメリカでは、いくら日本が効率化しても限りがあるという点です。つまり、効率化の限界です。それは、アメリカで使われている大型機械をみてみるとよくわかると思います。日本のコンバインの4倍くらいの大きさでした。

 つまり、効率化は必要な改革ではあるが、そこで止まってしまってはいけない。セーフティーネットの問題。効率化の問題。さまざまな事を考慮して、日本の農業を守っていくべきだと思いました。
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バイオ燃料と食糧問題 訂正と追加
前回書いた、「バイオ燃料と食糧問題」についての議論の訂正と追加です。

 僕は、環境問題や農業問題について、結構興味があるほうなのですが、そのアプローチは、NGOやNPOが推進するような方法・観点からではなくて、むしろ、政治や経済の面からの方法・観点からしよう/したいと思っています。
 環境産業のほうは、世界的にも、日本の国内でも、注目を集めており、産業も大きくなりつつあります。それは良いことだと思います。しかし、より効率的なプロセスや大きな視点からすべきこともがあるのではないかと思う。これからはそれを追求すべき。
 農業問題については、日本の農業ははっきりいって、今が勝負の時期だと思う。農業を効率化し、その販売路線を開発して行く必要がある。僕は、農業部門において株式会社が参入するという案は注目に値すると思う。真剣に考えるべきだろう。こうした点から考えて、農業政策については、自民党の政策のほうがよいと思う。逆に、民主党は長期的にみた農業政策をはやく示すべきだと思う。今提示されている「個別保障制度」は短期的な政策に見える。この政策も、現時点では必要かもしれない。地方ー都市圏の格差が開く中で、農業関係の人に力をつけてもらうことも必要だろう。しかし、それをつづけていてはいけない。長期ビジョンが必要だ。そうしなければ、民主党の政策は、農家を破産させ、日本の農業をだめにさせることになるかもしれない。
 今後はこうした関連の本にも手をのばしていこうと思う。


さて、前置きが長くなりましたが、訂正について。前回の項目内に
「バイオ燃料ブームが発生する⇒ガソリン価格の上昇⇒さらにバイオ燃料の必要性が高まる/需要が増える、という悪循環に陥っている」
という内容が書いてあったのですが、これでは意味がわからないと思うので、訂正して、もう少し詳しく書こうとおもっています。ただし、ここからは、そのTV番組を参考に自分で考えた事なので、あしからず。
 まず、どこからはじめるか微妙なとこだが、まずは「小麦の値上げ」からいこう。「小麦の値上げ」が起こったその要因としてはオーストラリアの干ばつやアメリカの天候不順といった「環境問題」がある。そして、「小麦の値上げ」によって、「(中流)家庭が打撃を受ける」というのと、更なる「環境問題の認識が上昇する」という結果が得られる。そこに、「ガソリンの値上げ」という項目が入ってくれば、どうなるか。「家庭が打撃を受ける」し、「輸送費が上昇する」ため、「小麦が値上げする」。そして、つまり、「環境問題の認識が上昇し」、「ガソリンが値上げされる」ことで、「バイオ燃料の注目度・需要が上昇する」という結果をもたらす。ここからは前回書いた通りで、トウモロコシの物価が上がったり、「サトウキビ化」によって、他作物が減産しすることになる。そのため、飼料も値上げされ、結果的に「他食物の高騰」を招く。これらのことは「食糧危機」につなが(ってい)るのかもしれない。さらに、農地確保のための環境破壊が起これば、それは「環境問題の認識を上昇させる。」結果として、悪いサイクルにはいりこんでしまっているのだ。
 
ここで、重要なのがメディアである。メディアが世界に発信でき、世界のことを発信できる現在の世の中では、世界のある地域で起こったことが全世界の人に伝えられる。この「媒介者」お存在なくして、以上のような説明はなりたたない。



とにかく、2回にわたって書いてきたが、いいたいのは、環境問題も農業問題も絡み合ってくるということ。些細に見えることでも、全世界に影響をあたえ、与えられている。ということ。見方は複雑になるが、だからこそ解決手段も増えるのではないか。

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バイオ燃料と食料問題
先日、何かのニュース番組で、「物価の値上がり」について取り上げられていました。

そのニュースでは
「最近、物価が次々に上昇している。ガソリン価格もそうだし、生活に身近な商品の物価が上昇している。例えば、小麦もそうだ。小麦は、近頃のバイオ燃料ブームによって、耕作地が奪われ、価格が高騰している。」
という感じの事を話していた。

また、別のTV番組では、
バイオ燃料ブームが発生する⇒ガソリン価格の上昇⇒さらにバイオ燃料の必要性が高まる/需要が増える、という悪循環に陥っている」
「物価全体でみたら、物価はそんなにあがっていない。それはなぜかというと、パソコンとか液晶TVとかいった、大きな商品が、むしろ値下げされていて、肝心の生活必需品や生活関連物資の価格が上がっている。それによって、相殺されて、マクロデータでは、あがっていないということになっている。だから、より金持ちには優しく、より貧しい人には厳しい物価になってきている」
とのこと。

 この事を聞いて、もしくは見て、思ったのが、
バイオ燃料を開発し、それを産業にできるほどに育てた研究者は、この事について考えていたのだろうか
ということだ。

 もちろん、その研究者は、現在の環境問題を憂い、なんとか解決したいと思って、バイオに目を付け、それを育ててきたのだと思う。その事自体はよい事だし、実はぼくも期待していた。バイオ燃料が部分的にだけでも、使えるようになればいいなと。

 しかし、問題はそんなに甘いものではなかった。というより、むしろ別のところに問題が現れてきたのだと思う。

 バイオ燃料が産業化できるようになって、まずブラジルが目をつけた。ブラジルはその広大な領土持つが故に、バイオ燃料の産業化にはてきしていた。政府は、バイオ燃料をブラジルの>新エネルギー政策に据えようとした。そこで、バイオ燃料の元になる、サトウキビなどの栽培を奨励した。そして、人々はアマゾンの森を切り開き、さらに農耕地を広げていった。
 また、アメリカでは、同じく広大な領土をもち、ブラジルのエネルギー政策に対抗しようとして、また、京都議定書から離脱して批判が高まっており、また、ブッシュ政権の支持率回復の一助としてエネルギー政策を掲げたため、バイオ燃料の育成が急に盛んになった。アメリカの農家はトウモロコシをそのまま食料として(もしくは飼料として)売るか、燃料用として売るかを天秤にかけている。
 さらにいえば、ガソリン価格が高騰している。そのため、燃料として、「ガソリンよりも、バイオ燃料を・・・」と考えるところも増えてくるかもしれない。そのため、また、バイオ燃料に注目が集まり、さらに日常品の物価が上がると言った事は、世界各地で起こっていてもおかしくないのではないか(しらべようがないのでこういう表現ですが。)

 さて、話を元に戻してみよう。元は「新エネルギー開発」というものであった。しかし、それは、世界にひろまり、「政府」という政治的主体を通して、その思惑を介して、一国の「エネルギー政策」となり、それに人々の(お金を稼い豊かな生活をしたいという)欲望が加わって、環境を守るどころか、環境破壊に発展している。また、アメリカとブラジルのエネルギー政策化に伴い、両国の主導権争いに発展している、。アメリカの農家でも、同じ欲望から、燃料を生産する側に回り、世界では食料危機に見舞われかけている。それは、各国の食料安全保障問題とも絡みあって、大きな議論を呼んでいる。
 ひとつひとつとってみれば、「経済学的に言って」間違った行動をしているわけではない。農家の人々は、自分の所得が上昇する方をとるだろうし、政府は(政治的に)他国に有利な状況になるように、政策を立案する。小売業者は、その仕入れの値段の高騰に従って、小売りの値段を上げ、自らの所得を確保する・・・etc
 いかなる主体も、自らの利益のために行動するだろうし、(しかも、こういう場合は、環境団体とかは介在しないので、ほんとに自分の生活の事のみを考えているとおもっていいと思う。したがって、利己的となる。)生活の場で、誰ともわからぬ人の心配をする人などいないだろう。しかし、すべてを一緒に考えると、問題はあふれかえり、各界を巻き込んだ大きな問題となっている。これは、おそらく、グローバル化によって、人々が思っている以上に世界が近くなっていることが、関係しているのではないか。影響は広がりやすいのである。経済学的にみれば、おそらくこのくらいが(僕の)限界だろう。
 ここから、科学者の話に戻ってみようと思う。さあ、科学者は自らの研究がここまで大きな問題を引き起こしうるという事を少しでも、予測していただろうか?おそらく答えは否であろう。もちろん、科学者は、自らの研究を一生懸命するべきだし、その後の事を考えて研究をやめるなんて事はしなくてもいいと思うし、さらにいえば「技術は悪ではない。悪が生まれるのは、その使用者が悪だからだ」と言った考え方をとることも間違いとは言えないだろう。しかし、しかしである。科学者も、ある程度は世の中の事は知っておくべきではないか。研究を続けながらでも、その事について考えをめぐらすべきではないか。先ほどの技術と使用者の考え方は、裏返せば、次のように言える。

「技術は悪ではない。しかし、その使用者は、悪であるかも知れない。故に、その技術は悪用される可能性もある。その事を肝に銘じて研究をしなければならない。」

 研究者は、(僕の中ではどうも)「象牙の塔」にこもりっぱなしで、自らの研究以外の分野には興味がないというイメージがあるのだが、少なくともそうであってはいけないと思う。大きな視野のもとに自らの研究を置く必要がある。このことは、他の多くの学問、あるいは職業についても言える事ではないかと思う。

ここまで、読んでくれた方、ありがとう!!
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ナフザンス法定大学教授(不穏分子因果論)



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