| 生産すること |
最近、何かを生産するということについて、考えることが多い。 それはおそらく、就活の時期に入ったことが大きな要因だったのではないかと思う。
ここで言ってる「生産」とは、第二次産業的な物理的生産ではない。これ(第二次産業的生産)は、むしろ職人業となるべきものだ。 ここでは、あえて産業でいえば、第三次産業の「生産」で、ありていな言葉でいうと「生み出す」ということ。 これについて最近見えてきたことがある。
最近宮崎駿監督のアニメーション映画「崖の上のポニョ」が公開された。 ZEROという番組のなかで、インタビューに答えていっていたのが、
「最近のアニメーターには、人材がいない」「 やバーチャルだけ見ていたのではだめだ。実際に肌で触れた経験がないと」
アニメ界で取り上げられる主題は、過去、(日本の)ゆくべき未来を語ってきた。もしかしたら、むしろ、それに影響を受けて、社会がそのようにかわってきたのかもしれない。 しかし、最近登場する主題と言えば、成長的なものも、未来に光あるものもほとんどなく、 ただただ人類の滅亡・崩壊(精神的な意味も含めて)やそれを前提としたものばかりである。
そんな中において、アニメ界を通して、世界に、現実世界に一石を投じるかのようなこの映画は、驚評に値するものである。なぜそう言えるのか。理由は二つ。
一つは、この作品が、デジタル技術を用いて作ったのではなく、すべて手書きでかかれたという点。 メディアは、これを「(作業が)大変だった」という観点でしか報じていないように感じているが、このことにはもっと大きな意味があると思う。 それは、かねてから私が行ってきたこと、「進化から進歩へ」という色がありありと見えるからでもある。作品を見て、人が何かを得る時、それはデジタルでは、多くが不可能なのである。 デジタル技術の発展により、描画は、より一層画一化し、陳腐化していった。 手で書くということ。。。その一枚の絵に、“人”を感じることこそが“バーチャル”であるアニメーションが力強いメッセージを伝えることができる唯一の方法だと思う。 ここに宮崎氏やプロデューサー鈴木氏が感じるアニメの危機があり、それを乗り越える道があるのではないか。そう思う。
いま一つは、その主題に込められた意図である。宮崎氏は、この映画をおそらく、子供のために、(社会における子供のために:そのことはつまり、子供という存在のことであり、“子供たち”のことでない。また、子供という存在に接する大人のためでgのもあり、またもちろん子供(たち)自身のためでもあろう。) つまり、「子供という存在」のために、つくったものだと思う。これだけだと、ただの「主題ある映画」なのだが、これが世に一石を投じるとまで言えるのは、彼の、「幼稚園・保育園に対する考え」「この成長に対する考え」をみるとよくわかる。つまり、TVを見たり、ゲームをしたり、PCをしたりというバーチャルな世界で、それだけで育ってきてるというのでは、大人になって、ことをなすことはできないのである。 それをおそらく予言(後世から見ればそう言われることになるだろう。現時点では、監督本人に聞いても、はっきりYESとは言わないかもしれないが。)しているのだと思う。
この対比が、今アニメ界だけじゃなくて、他の業界でも起こっていて、「経験すること」「心の底に深く重い、ずっしりしたものを持っておくこと」が大切なのである。
このことが、各業界・TV界や小売業界で革新的なものが出てこない一つの、そして非常に大きな要因になっているのだと思う。また、もう一方で、”我々は何を清算すべきか“も見えてくるだろう。
”熱さ”を持つ若者は実は多い。最近、TVなどでそう言われている。僕も、いろんな人の話を聞くとそのように思う。現代の叫びは、若者にも、そして大人にも、梁山泊(水滸伝にでてくる本拠地のこと。)のようなものがあれば…そう思う人は少なくないだろう。 これからの時代、我々が生産すべきものは、そういった「あつくなれるもの」であり、「実体験を経験できるもの」である。
これは、教育システムなどで特に考えられることかもしれない。大学生の期間を半年もしくは一年延長して、「経験」する期間をつくるべきとする考えに、私は強く同調する。
また、これはインターネットの拡大と同時進行的に成長していく(べき)ことかもしれない。
大げさにいえば、このシステムを最初につくりだし、成功させた国(など)に”新しい時代の覇権は転がり込んでくるような気がする。
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| 司馬遼太郎 『竜馬がゆく 七 八』 |
お久しぶりです。 ついに、「竜馬がゆく」読み終わりました!!
坂本龍馬。そのひとの人生を振り返るに、やはり、筆者も書いているように、
彼が日本に存在したこと、それも幕末の風雲に存在したことは日本にとって、一種の奇跡だった。
薩長同盟の仲介をしたり、大政奉還をなさしめた。 それこそが、坂本龍馬の功績と、こんにちは言われている。 しかし、私が思うに、その功績の内実は、もう少し人間臭いことなのだろうと思う。
維新志士。当時の情勢でなおかつ、武士という生き物であり、はやる気持ちを止められなかったものが多い。それがために、命を落としたものは数知れない。 しかし、龍馬はやはり遠くを見ていた。藩を超え、国を超え、世界を見ていた。当時の時勢において、つまり幕府を御公儀様と呼び、幕府があって当然と考えられていた時代にこれはすごい。 「龍馬は当時唯一の日本人だ」と時に言われるが、それは、これを指す。なぜなら、西郷や大久保といった、当時龍馬とともに活躍した志士たちとても、「幕府を倒すこと」しか見えておらず、それはすなわち幕府を目の前において、自らの立場を主張しているだけで、その点からいえば、佐幕派と、何ら変わりはない。事実、大政奉還後、明治新政府が出した「五カ条の御誓文」は、多くが龍馬の『船中八策』をもとに、というかそれをそのまま用いている。明治政府の基礎を作り上げたのは、西郷でも大久保でも、岩倉卿でもなく、龍馬なのである。西郷らには、幕府を倒すという思想はあっても、その後の日本をどうするかという考えはなかったのである。筆者は「へたすれば、島津将軍や毛利将軍ができるかもしれない」と、竜馬に語らせている。龍馬は、高名な歴史家のような視点を持ち合わせていた。
そうした思想をもち、海に出たいという目標を持っていた。もし龍馬が生きていれば、日本最大の商社グループが存在していただろう。彼の死後、その遺産等を引き継ぎ成功したのが、岩崎弥太郎「三菱」であった。むろん、岩崎にも才能はあったからだ。三菱はそれでも、日本で最も重要な位置を占めるグループとなっている。いわんや、龍馬をや。
とにかく、龍馬は、当時のはやる志士をなだめ、人の心を大切にして、ことをなした。ただ、上述のような歴史的業績をつくったのではなく、人心(特に、明治後、政府中枢に入る人たち)に影響を与えた。 彼の死によって、歴史は少しずれた。彼は、無戦革命を目指していた。正確には、戦はしても、内戦は起こすまいと考えていた。しかし、史実では、鳥羽伏見の戦いが起こった。また、彼が、維新前語っていた、上下議院の設立も大幅に遅れた。維新政府の当初は、大久保政権といわれる、一種の独裁があった。藩閥もあった。それは、しかし、後に、旧土佐の板垣らが、龍馬の意思を継ぐ形で、議院の設立を実現させる。
また、この小説を読んでいて面白く感じたのは、「幕府の衰亡」ということであった。 幕府は、本当に滅亡しなければ、いけなかったのか。なぜ、その流れを止められなかったのか。 どこかで、諸行無常の鐘の音が聞こえるからか…。物理てきな問題点は、おそらく、研究すれば、山ほど出てくるだろう。しかし、それに対する対応策も出すことはできるのではないか。とすれば、真に幕府を滅亡させたのは何か。歴史の流れか、人の心か… しかし、そうした、幕府についても、竜馬はおもしろいことを述べている。 「家康が乱世をおさめて三百年の泰平の基礎を築いたのも、歴史への功績である。いまその世襲政権をみずからの手で終熄させ即座にあたらしい歴史を打開するとすれば、家康以上の大功であり、徳川家は二度にわたって歴史に貢献することになる。思うてもみられよ、古今東西、兵戦を用いず乱をおこさず、ただ国と民のためのみを思ってその政権を他に譲った例があったか。本朝にもなく、唐土にもなく、西洋にもない。そのかつて無かった例を日本においてひらく名誉を徳川家はもたれよ。」 竜馬が徳川慶喜に説きたいと言って、でた心内文である。 たしかに、史実そうなり、日本人には、(大阪人は、徳川家康が嫌いな人が多いが、)徳川幕府を悪くいう人はいないのである。 テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学
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| みなさんも、はしかにご注意!! |
久しぶりに更新すれば、これか!
と言われそうですが、
今年もまた、はしかがはやり始めているそうです。
こんな微妙な時期に風邪をひいてしまい、僕自身非常に不安になっています。
このページをみると、はしかについての詳しい情報が載っています。
くれぐれも注意してください!!(自戒もこめて。トクマ) テーマ:健康 - ジャンル:心と身体
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| そろそろ、更新しなくては・・・ |
と、思っているのですが、どうもまとまった時間が取れません。
ネタは、2、3あるのですが。
それもこれも、レポートのため。6月中に、成績評価の7割に相当するレポートを作って
提出しなければいけないんですね。
僕が、結構変なテーマ選んじゃったから、やってて大変。
ま、それが一段落したら、また長々と書きますので、なにとぞよろしくお願いします。
今考えてるテーマが、 1、経済学って・・・ 〜外向Ver〜 2、高橋財政のレポートで扱えなかった知識の使い回し 3、現在起こっている問題への自分の考え
などです。「あれがいい!!」「これがいい!!」なんでことがありましたら、コメントの欄に、数字だけでいいので残してってくださいね。 もちろん、ここにないことでも大歓迎。自分に扱えることなら、書いてみますよ〜 テーマ:思うこと - ジャンル:学問・文化・芸術
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| 日向一雅 『源氏物語の世界』 |
みなさん、高校の古典の授業なんかで一度は触れたことのあるであろう、紫式部 著、「源氏物語」 の内容・解説の本です。
源氏物語は、「光源氏の生涯を中心にして、年代記的にいうと源氏の両親から孫の世代まで四世代、七十余年にわたる長編物語」です。 古典の教科書とかに出てくるのは、最初の方だけ。光源氏が大人になって、権勢を恣にしているとこは、あまり世間には知られていません。
物語は、光源氏の成長と苦悩を軸に展開していきます。しかし、この物語の本当の主題は、 当時の不安定で、うつろうしかない女性の生き方を問いかけること。特に、宇治八帖と呼ばれる巻はその傾向が強い。
また、当時のものの見方というものがよくわかります。 当時の人々には、あらゆるものを「分かろう」「知ろう」という現在の、科学的な見方は、小さなものです。それよりも、あらゆる事態をもっと大きなものーつまり、人のあたまよりもおおきなものーで理解しようという心情があふれています。 例えば、 罪の意識。源氏が帝の妻になる人と、一夜を共にした事件。この事件をきっかけに、源氏は対抗勢力の計略もあって、罪に問われることとなる。しかし、源氏は流罪となることを恐れ、自ら須磨に退去してしまう。 この事件に関して、源氏は無実を訴え続ける。彼が、朧月夜(朱雀帝の妻)と一夜を共にしたことは事実なのだが、彼は、そのことにほとんど(現代で言う)罪の意識は持っていない。それよりもむしろ、「前世からの罪の報い」というもの、「天眼(てんげん)」によって見通されていることを恐れた。
とにかく、これだけの物語を書き上げるというのは、すごいことだと、肌で感じた。限られた登場人物の中で、当時の考え方や生活の様式などをぎっしり詰め込んで、その上でなおかつ、筆者の言いたいこと、問いかけたいことも重要要素として物語を構成している。
時代によって、考え方はもちろん違う。しかし、考えることは同じで、頭の良さも、大して変わらないのだと言うことを再確認できた。
当時の貴族社会では、和歌を詠むこと、教養を持つことは生きていく上での常識だった。 今を生きる人たちも、今とは違う考えを知る(でも、それは私たちの祖先が実際に生きて、楽しんで、感じていたことだ!)という意味でも、教養を持つという意味でも、
もう一度、源氏物語。触れてみることをお進めします。 テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌
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